発行: 合同会社メシゴト(Meshigoto LLC)
編集: 大山 淳 / 升本 甲一
初版: 2026年5月
多店舗化が進むと、社長や本部はどうしても店舗一つひとつのスタッフを直接見られなくなります。そのとき現場で起きる最大のリスクは、評価でも給与でもありません。「自分は見られていない、関心を持たれていない」という感覚です。
マネジメント基軸集のIV-5には、こう明記されています。「無関心こそが最大のモチベーション低下要因」。叱責よりも、ダメ出しよりも、人を腐らせるのは「気づいてもらえない」という静かな状態です。
居酒屋で半年シフトに入っているアルバイトが、ある日ふいにLINEで「来月から行けません」と連絡してくる。前兆は必ず2〜3ヶ月前から出ていたのに、店長は気づかなかった。これは「忙しいから」ではなく、「気づきに行く仕組みがなかった」のが原因です。1on1は、その仕組みそのものです。
1on1を「やってます」と言う会社のうち、実態の8割は進捗確認会か反省会になっています。「先月の数値どうだった?」「未達の理由は?」「次は気をつけてね」。これは1on1ではありません。ただの定例の延長です。
マネジメント基軸集のII-鉄則3-2「縦の経営管理」は、こう定義しています。「上司と部下の問題解決型レビュー(反省ではなく『次の一手』)」。
過去を責めるのではなく、未来の打ち手を一緒に作る。1on1の本質はここにあります。終わったあとに本人が「明日からこれをやろう」と自分の言葉で動き出せたら成功、そうでなければ失敗です。
「うちは普段からスタッフとよく話してますよ」と言う店長は多いものです。ですが、シフト中の声がけと1on1は別物と考えてください。
| 項目 | シフト中の声がけ | 1on1(個別面談) |
|---|---|---|
| 場所 | 厨房・ホール(オープン) | 個室・カフェ(クローズド) |
| 時間 | 30秒〜2分 | 15〜45分(型ごとに固定) |
| 頻度 | 不定期 | 定期(曜日・時間を死守) |
| テーマ | 業務上の指示・確認 | 本人のキャリア・悩み・成長 |
| 主役 | 業務 | 相手 |
| 記録 | 残らない | シートに残す |
声がけは「業務」が主役です。1on1は「相手」が主役です。この主役交代が起きていないと、いくら時間を割いても効果は出ません。
多店舗飲食における1on1は、階層によって目的・頻度・時間・場所が変わります。同じやり方を全階層に当てはめると、必ずどこかで形骸化します。型を3つに分けて運用してください。
定着とモチベーション維持。スタッフ一人ひとりの「今の状態」をキャッチし、辞める前に手を打つ。
マネジメント目線の育成。店長を「現場プレイヤー」から「店舗経営者」に引き上げる。
経営目線への引き上げ。SVを「店長指導者」から「エリア経営者」に成長させる。
3つの型を回すコツ
全ての型に共通するのは「カレンダーで死守する」こと。スタッフの予定や繁忙期を理由に飛ばし始めると、3ヶ月で形骸化します。最優先で日程を確保し、繁忙期でも10分でも顔を合わせる。これが定着の最大の秘訣です。
マネジメント基軸集のVII章「魔法の6質問」は、もともと営業ヒアリングのメソッドですが、1on1にもそのまま使えます。順番は①現状認識→②目標→③背景→④施策→⑤満足度→⑥確認。この流れに沿って、店長⇄スタッフ・SV⇄店長それぞれの実用質問を計10本紹介します。
10問を全部使う必要はない
1回の1on1で①〜⑥の流れを3〜5問でなぞるのが現実的です。10問は引き出しとして持っておき、相手と状況に応じて選んでください。重要なのは順番。⑥(確認)まで終えずに次の話題に行かないこと。
マネジメント基軸集のV章で示される、コーチングの主要スキルは「引き出す・信頼する・沈黙する」の3つです。1on1で意識的に使い分けます。
答えは相手の中にあります。指示・アドバイス・正解を先に言わず、質問で本人の口から答えを出させる。これが最大の技術です。
「この人には任せられる」というメッセージを言葉と態度で送る。具体的には、相手が考え込んでいる時にイライラせず、最後まで言わせる。途中で結論を奪わない。
相手が黙ったら、こちらも黙る。沈黙は思考の時間です。日本人の店長・上司ほど沈黙を嫌い、すぐに自分の言葉で埋めようとしますが、それをやった瞬間、本人の答えは消えます。10秒、15秒の沈黙に耐えるのが上司の修業です。
新人スタッフから「ピーク時にお肉の出しが遅れます。どうすればいいですか?」と相談された場面。
常連のお客様から「最近スタッフの愛想が悪い」とクレームが入った場面。スタッフ本人と1on1。
副店長が「シフト希望が集まらず、自分が穴埋めで疲弊している」と訴えてきた場面。
マネジメント基軸集のIV-4には、こう書かれています。「ほめるのは難しい。だから感謝する」。
ほめるのは難しいのです。「すごいね」「偉いね」は上から目線になり、回数を重ねると軽くなります。一方で感謝は、上下関係を作らず、何度言っても効きます。「ありがとう」「助かった」「お陰で」という言葉は、相手の自己肯定感を確実に上げます。
3パターンを使い分けると、感謝が「お決まりの社交辞令」になりません。
マネジメント基軸集のVIII章で紹介されているFFS理論は、相手の人材タイプによって接し方・教育法を変える指針になります。1on1で全員に同じスタイルを当てはめると、必ず誰かが潰れます。簡易チェックで主因子を見極めてください。
各設問に1〜5点で自己評価してもらいます(1=全く違う/5=非常に当てはまる)。最も得点の高い因子が主因子です。
| 因子 | 設問 |
|---|---|
| A 凝縮性 | 「こうあるべき」が明確で、責任感を強く持つ方だ |
| B 受容性 | 後輩の面倒を見るのが好きで、頼まれると断れない |
| C 弁別性 | 感情よりデータ・事実関係で判断する方が落ち着く |
| D 拡散性 | 新しいことに飛び込むのが好きで、じっとしていられない |
| E 保全性 | 変化より安定。準備とチェックを丁寧に行う方だ |
本格診断ではなく簡易判定なので、参考値として活用してください。複数因子が高得点になる人もいますが、その場合は「ストレス時に出やすい因子」から絞り込みます。
| 主因子 | NGストレッサー | 1on1での接し方 |
|---|---|---|
| A 凝縮性 | 否定(独善・排他化) | まず受け入れる。「それも一つの正解ですね」と肯定してから議論 |
| B 受容性 | 無視(自虐・逃避) | 注視する。「最近どう?」「無理してない?」を必ず冒頭で |
| C 弁別性 | 不合理(機械的・詭弁) | 判断を委譲する。「あなたならどう判断する?」と任せる |
| D 拡散性 | 拘束(反抗・衝動) | 自由発想を依頼する。「制約なしで考えるとどう?」と枠を外す |
| E 保全性 | 自由(妥協・従属) | 協調示唆。「チームでやろう」「一緒に進めよう」を強調 |
| タイプ | 学習スタイル | 教え方の原則 |
|---|---|---|
| TG/LM(D因子高) | 概念的・略画的(マニュアル読まずに触りながら覚える) | 要点だけ伝える。誉めまくる。細かく管理しない |
| ML/AN(E因子高) | 重畳的・密画的(マニュアルを丁寧に読む) | チェックリスト化。講習会形式。細かく丁寧に |
日本人の約2/3はAN・MLタイプと言われています。つまり、多くの飲食店スタッフはマニュアル・チェックリスト・段階的な習得を好む傾向があります。「見て覚えろ」が通じる時代は終わっています。
店長が陥りがちな罠
店長自身がD因子(拡散性)の高いタイプだと、「見て覚えろ」「とりあえずやってみろ」で部下を育てようとします。ですが、部下の2/3はその真逆のスタイルを必要としています。自分の好みではなく、相手のタイプに合わせる。これがプロのマネジメントです。
離職は突然起きません。必ず2〜3ヶ月前から兆候が出ています。1on1の最大の効用は、この兆候を早期にキャッチして手を打つことです。20サインを行動・業務・感情の3カテゴリで整理しました。
| # | サイン | 1on1での切り口 |
|---|---|---|
| 1 | 遅刻・欠勤の頻度が増えた | 「最近、出勤前の体調どう?無理してない?」 |
| 2 | 退勤後すぐ帰る(前は雑談していたのに) | 「最近忙しい?プライベートで何かある?」 |
| 3 | シフト希望が減った/曖昧になった | 「シフト出しにくい時期?率直にどう?」 |
| 4 | 同僚との会話量が目に見えて減った | 「お店の人間関係で気になることある?」 |
| 5 | 休憩時間にスマホばかり見ている | 「最近どんなことに興味ある?」(趣味の話から関係再構築) |
| 6 | 体調不良の申告が増えた | 「ちゃんと寝れてる?最近のストレス源は?」 |
| 7 | 急に身だしなみが乱れた/逆に過剰に整え始めた | 直接は触れず、信頼関係を再構築する話題で間接的に |
| 8 | 退勤時の挨拶が短くなった | こちらから先に「お疲れさま、今日もありがとう」を必ず言う |
| # | サイン | 1on1での切り口 |
|---|---|---|
| 9 | ミスの頻度が増えた | 「ミスが続いてる時って、どんな状態の時?自分で気づいてる?」 |
| 10 | 提案・発言が減った(会議でも個別でも) | 「最近、お店についてアイデアない?些細なことでも」 |
| 11 | 成長意欲・スキルアップ意欲の低下 | 「3ヶ月前と比べて、自分でできるようになったこと何?」 |
| 12 | 新人指導を避けるようになった | 「教える側、しんどい?負担になってる?」 |
| 13 | 本部・店長の指示への反応が機械的 | 「最近、お店の方針について納得感ある?」 |
| 14 | 業務外の勉強会・社内イベントを断る | 「無理に出ないでOK。何か理由ある?」 |
| # | サイン | 1on1での切り口 |
|---|---|---|
| 15 | 笑顔が減った(特にお客様への) | 「最近、自分の中でモヤッとしてること、ない?」 |
| 16 | 髪型・服装が急に変わった | 変化を肯定する。「いいね、その雰囲気」と関係再構築 |
| 17 | プライベート話題を遮断するようになった | 無理に踏み込まない。仕事の話で信頼を再構築 |
| 18 | 愚痴・不満の発言が増えた | 「その不満、もっと聞かせて」と全部出させる(途中で遮らない) |
| 19 | 逆に、表情が無になった(怒りも喜びも消えた) | 最も危険なサイン。即時1on1。「最近どう、本当のところ」 |
| 20 | 「辞めたい」と冗談混じりに言うようになった | 冗談として流さず「どのくらい本気で考えてる?」と直球で |
3つ以上重なったら即時1on1
20サインのうち1〜2個なら一時的な可能性もあります。ですが、3つ以上が同時に出ている場合、あと1〜2ヶ月で離職の意思決定がなされる可能性が高いと考えてください。次のシフトで必ず1on1の枠を取り、サインを共有しながら本人の状態を聞いてください。
マネジメント基軸集のIII-第3段階には、組織風土を乱す人物への対応が示されています。「個別面談で行動変革を迫る」「この面談自体が店長のリーダーシップを育てる場」「簡単に解雇せず、本人が辞表を出すような風土をつくる」。これを実践するための型を紹介します。
感情・主観・伝聞ではなく、事実だけを時系列で提示します。
事実は反論できません。「それはAさんが悪い」「お客様が勘違いしてる」と言われても、「事実として、こう起きた」を曲げない。
その行動が、誰に・どのような影響を与えたかを共有します。
事実が組織に与えている影響を、本人にきちんと届けます。「自分のこの行動が、こんな波紋を生んでいる」という認識が、行動変革の第一歩です。
説教や処分通告ではありません。「本人がどうしたいか」を本人に決めさせるステップです。
マネジメント基軸集のIV-3に「怒らない。愛をもって叱り、フォローする」という原則があります。
「叱る」と「怒る」は別物です。怒るは自分の感情の発散、叱るは相手の成長のための行為。叱った後に必ずフォローが要ります。
居酒屋の若手スタッフが、ピーク時にミスを連発し、ホールが混乱した場面。
「合わない人材は早く切る」は、短期的には効率的に見えますが、残るスタッフの心理に必ず爪痕を残します。「次は自分かも」という不安が、組織の自由な発言や挑戦を萎縮させます。
マネジメント基軸集が示す原則は、こうです。「簡単に解雇しない。本人が辞表を出すような風土をつくる」。
解雇するのではなく、本人が「ここでは自分は活きられない」と気づき、自分から去っていく状態を作る。そのためには、組織のスタンダードを明確かつ厳密に運用すること。基準を曲げず、特別扱いをせず、淡々と運用する。すると合わない人は自分から離れていきます。
これが「悪貨を駆逐する」の本来の意味です。誰かを切ることではなく、残る人にとって誇れる場を作ることです。
1on1が形骸化する原因は、ほぼ以下の10パターンに集約されます。一つでも当てはまっていたら、明日から修正してください。
| # | NGパターン | 修正の方向 |
|---|---|---|
| 1 | 進捗確認だけで終わる | 進捗は5分で済ませ、残り10分を「本人の状態」に充てる |
| 2 | 自分の話で時間を埋める(経験談・武勇伝) | 上司の発話量は全体の30%以下を目安にする |
| 3 | 問題指摘型になる(IV-2違反) | 「どこが悪い」ではなく「どうしたい」を引き出す |
| 4 | 「次までに〜しといて」と押し付け | 本人に行動を言語化させる(Q9参照) |
| 5 | 場所がオープンスペース(厨房・ホール) | 必ずクローズドな場で。最低限バックヤード |
| 6 | 時間が不規則(毎週違う日時) | 曜日・時間を固定。カレンダーで死守 |
| 7 | メモを取らない | 巻末の記録シートを使う。次回までの宿題を記録 |
| 8 | フォローアップしない(前回の話を忘れる) | 毎回冒頭で「前回の宿題、どうなった?」から入る |
| 9 | 無関心の放置(IV-5違反) | 1on1を飛ばさない。10分でもいいから顔を合わせる |
| 10 | 結論を先に言う(VII-NG違反) | 「私はこう思う」より「あなたはどう思う?」を先に |
マネジメント基軸集のIV-2は、はっきり警告しています。「問題指摘型指導は禁止」。
多くの店長・SVは「相手の問題点を指摘して直させる」ことが指導だと思っています。ですが、これをやると相手の「したい」が消え、「やらされ感」だけが残ります。短期的には改善が起きても、長期的には自走力が落ちます。
代わりに用いるのは「意思決定参画・達成感反復・成功体験蓄積」の善循環です。本人が決め、本人が動き、達成して、自信になり、また自分で決める。このループを1on1で回します。
VII章の「魔法の6質問」が示す通り、こちらから先に「〜すべき」と言ってしまうと、相手の「したい」が瞬間的に消えます。
1on1で上司が一番我慢しなければならないのは「正解を先に言わない」ことです。答えが分かっていても、相手から出るまで待つ。沈黙に耐える。これができる上司の下で、人は育ちます。
1on1が定着しない最大の理由はスケジュールが流動的なことです。「今週忙しいから来週に」を3回続けると、もう戻らなくなります。
SVスタンダードの「臨店前6ステップ」で示される5つの情報→5つの成果のフレームを、1on1にも応用できます。
| 5つの情報(事前準備) | 5つの成果(1on1で得るもの) |
|---|---|
| 1. 数値情報(売上・原価・人件費) | 1. 本人の現状認識 |
| 2. CS情報(口コミ・クレーム・顧客の声) | 2. 本人の目標・志 |
| 3. 人事情報(シフト・離職・採用状況) | 3. 本人の打ち手アイデア |
| 4. オペ情報(QSC・在庫・設備) | 4. 本人が決めたアクション |
| 5. 外部情報(競合・季節要因・天候) | 5. 上司への要求・依頼 |
事前に5つの情報を整理し、面談で5つの成果を引き出す。これだけで1on1の質が一段上がります。
記録なしの1on1は、その場で消えます。巻末資料の記録シートを使い、毎回1枚残してください。
マネジメント基軸集のII-鉄則3-2「縦の経営管理」の原則は「問題解決型」です。月次の1on1まとめは、反省会ではなく「次の一手」を集約する場にします。
たったこの3点で、月次レビューは反省会から進化の場に変わります。
そのまま紙に印刷して使える形式にしてあります。コピーしてシフト前のクリップボードに常備してください。
| 1on1 個別面談 記録シート | |
|---|---|
| 日付 | 年 月 日( ) : 〜 : |
| 相手 | 氏名: / 役職: / 在籍: ヶ月 |
| 所要時間 | □ 15分(型A) / □ 30〜45分(型B) / □ 60分(型C) |
| 場所 | |
| 前回の宿題のフォロー |
□ 達成 / □ 未達 / □ 進行中 振り返り: |
| 今日話したテーマ |
1. 2. 3. |
| 本人の気づき・発言(そのまま記録) |
・「 」 ・「 」 ・「 」 |
| 離職兆候サインのチェック |
□ 行動面 (該当: /8) / □ 業務面 (該当: /6) / □ 感情面 (該当: /6) 合計: /20 ※3つ以上で要警戒 |
| FFS主因子の見立て |
□ A 凝縮性 / □ B 受容性 / □ C 弁別性 / □ D 拡散性 / □ E 保全性 接し方メモ: |
| 次のアクション(本人が決めたこと) |
1. (期日: / ) 2. (期日: / ) |
| 上司側のサポート(自分が動くこと) |
1. (期日: / ) 2. (期日: / ) |
| 次回1on1の予定 | 年 月 日( ) : 〜 |
| 所感・引き継ぎメモ |
|
運用Tips
このシートはA4縦1枚で印刷できます。クリアファイルに人別・月別でファイリングしておくと、半年後の振り返りで圧倒的な情報資産になります。「気づきは記録した瞬間にしか定着しない」。これは育成の鉄則です。
1on1は技術です。才能でもセンスでもありません。型を持ち、繰り返し、振り返れば、誰でも上達します。そして、上達した1on1は離職率を下げ、店長を育て、組織の風土を変えます。
店舗数が増えるほど、組織は無関心化のリスクを抱えます。1on1は、その流れに対する最後の砦です。明日のシフトから、まずは15分、誰か一人と座って話してみてください。それが、あなたの組織が次のフェーズに進む第一歩になります。
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多店舗飲食 個別面談マニュアル v1.0
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